我が家の馬鹿な愛犬の話

さようなら。ありがとう。 - しなもん日記

実家の犬が馬鹿だった。物凄く馬鹿だった。

リビングに置いてあった大量のドーナツを夜中に盗み食いし、翌朝「もしかして泥棒!?」と狼狽する家族を尻目に何食わぬ顔で起きてきたまではいいものの、ヒゲに付着した大量の生クリームのせいで犯人がばれて飯抜き。

俺の持っているものは何でも食べ物だと認識するらしく、俺が投げる雪をことごとくたいらげ、夜中に下痢&お漏らしで大騒ぎ。

ウェルッシュ・コーギーだったから超短足で、記録的な大雪(と言っても雪国ではないからせいぜい1メートルくらい)が降った時には、散歩中に完全に埋もれて行方不明になり、散々心配させた挙句10時間後に除雪車に乗って帰ってきた。

自分を犬だと思っていないのか、他の犬が来ても挨拶をしようともしなかった。散歩中に大きなドーベルマンをずっとシカトしてたら向こうが怒って、首根っこをかじられたまま思いきり振り回されたこともある。さすがにその時は慌てて引き離した。

犬とは仲良くできないくせに、なぜかベランダによく来るカラスとは仲良くなっていた。日向ぼっこをしながら、「カー」「うわぅ」みたいな会話をしていたのを覚えている。

地震と祖父を何よりも恐れていて、夕食時に祖父がリビングに上がって来るのが分かると(祖父は足が悪いので足音で分かる)、真っ先に自分の寝床に戻って寝たふりをした。祖父も祖父で、毎回寝床まで行って「よし、ちゃんと寝てるな!」と言ってから夕食をとるのが日課だった。夕食が終わって、祖父が自室に戻ったのがわかると恐る恐るリビングに出てくる。

地震が起こるとパニックを起こし、母親のベッドの中に逃げ込んでは、布団を毛だらけにして怒られていた。夢を見ることも多いらしく、よく寝言を言っていた。ひどい時は寝ながら足をバタバタさせてキャンキャン鳴いていた。いったい何に追われていたんだろう?

俺が一人暮らしをはじめてからも、実家に帰ると必ず2階の階段から顔を出して「お帰りなさい」の挨拶をした。

俺が「遊ぼうか?」と聞くとボールを咥えてきた。

俺が「散歩行く?」と聞くとロープを咥えてきた。

そう、全然「馬鹿」じゃない。俺の親馬鹿なのかもしれないが、むしろ賢い部類に入ると思う。

8年前のある日、実家から電話があった。

よほどのことがない限り実家から連絡は来ないので、何事かと思って慌てて電話に出てみると、母親が掠れた声で「愛犬の死」を伝えてきた。

原因は「地震にびっくりして階段から落ちたこと」だそうだ。その時に頭を打ったらしい。直後は何もなくピンピンしていたのだが、頭の中で少しずつ出血していたらしく、翌朝母親が起きた頃にはもう虫の息だったそうだ。幸か不幸か、弟二人もたまたま実家にいて、俺以外の家族全員に見守られながら静かに逝ったらしい。

この報せを聞いた瞬間、悲しみよりも前に「ああ、うちの愛犬らしい間抜けな最期だな」と思った。

うちの愛犬は馬鹿だった。物凄く馬鹿だった。「地震に驚いて階段から落ちて死ぬ」なんて、今時お笑いのオチにもなりゃしない、物凄く馬鹿で間抜けな死に方をした。でも、俺が13歳の時にやって来て、当時発売されたばかりのゲームのキャラクターから“マッシュ”と名付けられたあいつは、出会ってからその最期を迎えるまで、一度だって俺を悲しませることはなかった。本当に最期の瞬間まで。

俺にとっての愛犬は、本当に相棒と呼べるのは、この世でマッシュだけだ。親に怒られた時も、学校で嫌なことがあった時も、受験前の不安な時も、一緒に散歩に行って、あいつが好き勝手走り回る姿を眺めているだけで全てを忘れられた。何の根拠もなく「まあなんとかなるよな」と思えた。俺が今も楽天的な性格でいられるのは、ほかの家族や友人ではなく、マッシュがいてくれたからだと思う。だから、実家に帰る度に「階段の上の空白」を確認しなければならないのがとても寂しかった。

そんな時に出会ったのが「しなもん日記」だった。しなもんは、マッシュの空けた空白を少しだけ埋めてくれた。嫌なことがあったり、落ち込んだりした時に、「しなもん日記」を読んで気持ちをリセットするのが好きだった。マッシュと同じコーギーで、ボール遊びが大好きで、食い意地が張っていて、ちょっと間が抜けていて。まるで今もマッシュが生きていて、実家からその様子が送られてきているような、そんな感覚でずっと眺めていた。障害報告をする姿ですら愛おしく思えたほどだ。

今日、しなもんが逝った事を知った時、8年前のあの電話のことを思い出して、まるで2度目の「愛犬の死」を体験したような気分になった。最近の様子から近いうちにこの瞬間が訪れるだろうという予感はあったけれど、やはり衝撃は大きい。飼い主でもない自分がこんな風に言うのはおかしな話なのかも知れないが、これでまた「階段の上の空白」が空いてしまった。この空白を埋め合わせる方法を、また考えなければならない。

ネットで眺めていただけの俺ですらこうなのだから、一緒に暮らしていたid:reikonさんやid:jkondoさん、とても可愛がっていたid:kiyoheroさんなどの喪失感は計り知れないと思う。しばらくは「うちの犬はマッシュだけ」と言っていた父親と母親も、空白に耐えられなかったのだろう、数年前に友人からコーギーシーズーのミックスを貰って、今ではまるで自分の孫のように溺愛している。けれども、そうした喪失感の大きさは、彼らが深く愛され、幸せに暮らしてきたことの証拠なんだと思う。本当は、永遠とはいかないまでも、俺たちと同じだけ生きることができれば、喪失感を味わう時間も短くて済むのだけれど。残念ながら世界はそこまで犬と人間に都合よくつくられてはいないらしい。

散歩に行ったことも、一緒に遊んだことも、頭をなでたことも、会ったこともないけれど、確かに愛情を受け取ったひとりとして、しなもんが天国で安らかに暮らしていることを願う。そして、できるなら、俺の相棒と一緒にボール遊びをしてくれれば嬉しい。もっとも、マッシュは人(犬?)見知りだから、知らんぷりして逆にしなもんを困らせてしまうかもしれないけれど。