『可愛い!』と『カワイイ!』と『kawaii!』に振り回されてしまった女の子〜マンダ・リンを再評価してみる〜

男でも女でも「女同士の『カワイイー』は、本当は可愛くないのに言ってる」っていうけど、別にそんなことはない。- はてな匿名ダイアリー

ちょっと前の増田の記事。これを読んで“何か”を思い出しそうになって、でもずっと思い出せなかったんだけど、この前ようやくその“何か”を思い出したのでメモがてら。twitterにはちらっと書いちゃってますが。


96年頃、突如ブレイクした「bis」というイギリス(スコットランド)のバンドがいます。

http://music.goo.ne.jp/artist/ARTLISD56528/index.html

グラスゴー出身の3人組で、インディ時代に出したEPが高い評価を受けてメジャーデビュー。デビュー当時10代だったこともあり、『次世代のブライテスト・ホープ』として期待されたバンドでした。アメリカで契約したレーベルがGrand Royalだという事実からも、このバンドへの期待値が分かります(Grand Royalのディスコグラフィこちら)。

で、本国や米国でもそれなりの成功を収めるのですが、彼等が最もセールスを伸ばしたのは実は日本だったんです。確かに音楽的にも面白いことをやっているバンドではありましたが、本国での影響力やデビュー間もないことを考えるとあのセールスは少し異常でした。当時、UKバンドを追いかけていた人の中には僕と同じことを思った人がいるかもしれません。

まあそのこと自体は特に問題ありません。同時期のBen Folds Fiveのように、日本でブレイクし逆輸入的に本国でもブレイクする、ということはそれほど珍しくはありませんので。

ただ、ここで注目したいのは『何故日本でブレイクしたのか?』という部分。bisが日本でブレイクした最大の要因は、バンドの紅一点、ヴォーカルを務めるマンダ・リンの存在です。

bis - Kandy Pop


真ん中の女の子がマンダ・リン


このアーティスト写真を見れば分かる通り、まあちょっと太めでそれほど目を引くタイプの子ではないのですが、当時、日本の女の子達からは『カワイイ!』と大絶賛されていたわけですね。

これはルックスがどうこうというのではなく、やっている音楽やファッション、彼女自身が手掛けたジャケットのセンス、DIYをベースにした活動方針なんかも含めた、より広範囲な魅力に対する共感の言葉として『カワイイ!』という言葉が選択されたのだと思います。もしかしたら、マンダ・リン自身がアニメをはじめとする日本のポップカルチャーにかなり親和的だったという部分も、彼女を『カワイイ!』と呼ばせた要因なのかもしれません。文化的な距離が近い程、共感の度合いは大きくなりますからね。

まあ、それだけなら普通の話なんですけれど、実は不幸なことに、『カワイイ!』と同性から持ち上げられている彼女に対して「デブ」とか「ブタ」とかいう、ルックスをあげつらうようなバッシングが少なくなかったんです。

そのバッシングの主な担い手になったのは男性の音楽ファン。その中身は『可愛い!とか持ち上げられてるけどブサイクじゃねーか!』という素朴なもの。要は女の子がマンダ・リンに向けた『カワイイ!』という共感の言葉を、『可愛い!』という美醜を表す言葉として解釈してしまったわけですね。あるいは、その共感の構図自体に冷水を浴びせようとしたのでしょう。

で、残念なことにそういう素朴なバッシングの方がより力を持つのは世の常で、一般の音楽ファンだけでなく音楽雑誌でも同様のバッシングがなされるケースが広く見られました。bisのデビューまでのストーリーが過度に誇張されたものだったため、ある種の“ハイプ”として見られていたこともバッシングを加速させた要因だと思います。


そのような状況は、

 bisは男2人の兄弟に女のコ1人の3人組。ギター、ベース、キーボードのシンプルな編成で3人ともヴォーカルをとる。ドラマーがいないかわりに彼らはドラム・マシーンを使っている。そんなbisの顔といえば、マンダ・リン。bisのCDのジャケット・デサインの殆どを手がけていて、絵の才能もある彼女はデビュー前から「デブだ!」とか「ブスだ!」とか「歌うピザマン」とか「モリマンや山田花子のほうがマシ!」とか散々な言われようで、確かにマンダ・リン本人が描く自画像ほど可愛くないが、そこまで言われる程ひどくないように思うんだけど、私は。そんなわけで、bisの初来日ツアーを観に、6月15日、心斎橋クラブ・クアトロに行ってきた。
 話題のbisの初来日公演ということで、会場はフル・ハウス状態。客層はやはりと言うべきか、高校生とおぼしき女のコが多く、チケットの整理番号が65番だったため最初はフロアの最前列付近に陣取ってた私だが、あまりに自分がこの場に場違いなのに気付きカウンターの方まで避難したぐらいである。女のコのなかにはマンダ・リンと同じ髪形にしてきているコもいたが、どちらかというと『天上の憧れのスターを観に来ている』という感じの女のコよりも、「マンダ・リン程度のルックスでもポップ・スターになれるなら、いっつかアタシだって!!!」という幻想を抱いてる女のコが多そうだった

http://homepage1.nifty.com/hiro_t/live1997/970615.htm

このライブ評にも良く表れていますね。


96〜97年という時代をよく考えると、日本ではちょうど篠原ともえがデビューして『シノラー』ブームを巻き起こしていた時期です。洋楽に詳しくない人でも、その当時の状況を思い浮かべて頂ければ理解しやすいと思います。篠原ともえを巡る諸所の事案と全く同じことが、海外のバンドを巡って起こっていたわけですね。そう考えると何か時代の要請のようなものを感じます。

Shinohara Tomoe - Kurukuru Mirakuru


で、ですね。話はこれで終わりじゃないんです。

もうひとつ、海外で「キュート&ポップ」を表す言葉としてほぼ一般化している『kawaii!』という概念を日本に最初に持ち込んだのも、実はbisなんじゃないかと僕は思ってるわけです。

澤田 服装とか、ジャケの感じも90年代半ばっぽいですね。

原田 そうだね。マンダ・リンは日本のアニメが好きだったんだよ。日本人が感じるようなポップを共有していた。もっと突っ込んで言えば、カルチャー好きの日本人があまり興味を持たないような日本文化を、外国人が面白がっている状況を、日本人がまた外側から面白がって見ている。みたいな、複雑な構造があったように思う。

http://a.oops-music.com/10yearsdotcom/9_mini_skirtbisthe_new_transis.php?page=2

この辺りは詳しく調べていないので適当な印象論になってしまいますが、彼等以前にこのような感覚を持ち込んだバンドはいなかったんじゃないかと思います。

今でこそグウェン・ステファニーやアヴリル・ラヴィーンが自身の表現に大きく取り入れ、日本人から見てもそこまで違和感を感じなくなっている(それでも微妙ですけどね)『kawaii!』という概念ですが、当時はそういった文脈は全く共有されていなかったように思います。

そういう意味では、マンダ・リンが表現した『kawaii!』に対する日本の女の子の『カワイイ!』という共感もまた、奇妙に捻じ曲がっているんでしょうね。

Gwen Stefani - What You Waiting For?


ということで、一般的な評価としては『一発屋』の部類に入るであろうbisですが、こうしてみるとかなり重要な役割を果していることが分かります。当時はただ“変なバンド”として扱われるしかなかった彼等の独自性も、CSSやThe Gossipが大手を振って受け入れられている現在であればきちんと咀嚼できるんじゃないでしょうか。マンダ・リンは『女性アーティストしか扱わないファンジン』なんかもつくっていたようですし、音楽的に見ても当時より今の方が時代にマッチしていると思います。


大分長くなりましたが最後に彼等の「その後」に関して。

マンダ・リンに対するバッシングは結局止むことはなく、彼女もそれを気にして過酷なダイエットに挑戦。見事成功し、セカンドアルバムのリリース時にはかなりスリムになって登場します。

BIS - Eurodisco (Video 1998)

マンダ・リン、びっくりするほど可愛くなってます。何か『中学校時代に冴えなくて馬鹿にしてた女の子が、高校生になったらメチャクチャ可愛くなっていて後悔!』みたいな感じですね。音楽的にも今だったらドンピシャでしょう。プロデュースはギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルだったりします。色んな意味で早すぎたんですね、彼等は。

ただデビュー時ほどセールスは伸びず、結局3枚のアルバムを出して2003年にバンドは解散。以後はData Panicという5人組のバンドを組んだり再結成ライブをやったりしていましたが、今年の7月に入りマンダ・リンのソロデビューが決定。ファーストアルバムが9月8日にリリースされています。

http://oops-music.com/info/view_news.html?nid=40430

Manda Rin - DNA

My DNA

My DNA

相変わらずジャケットは自分で書いてるみたい。


つーことでざっくりと「bis」、というかマンダ・リンの再評価をしてみました。『カワイイ!』と『kawaii!』に関してはもっと掘り下げる必要があるかとは思いますが。僕がやるにはちょっと知識不足ですので、誰かお願いします・・・。

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