『なでしこジャパン』ってそんなに変?

私も疑問を感じます - 非国民通信

疑問を呈すのは自由なのですが、

そもそもなぜ日本を代表するものが「なでしこ」、あるいは「サムライ」でなければならなかったのかどうか、随分と恣意的な選択ではないでしょうか。女子代表がナデシコの集団だったから「なでしこ」? 選手の特徴から考え出されたネーミングであればとやかく言うことはないのですが、それにしても曖昧な観念をつけられたものです。むしろ本当の理由は「女性はナデシコであるべき」という価値観の支配であり、それが日本代表にその名を与えたのではないでしょうか。サムライこそが日本に相応しい(サムライでない者は認めない)と考えるのと同じように、「なでしこ」こそが女子代表に相応しいと……

ここまで言うからには、もちろん「なでしこジャパン」という愛称が生まれた経緯もきちんとお調べになったんですよね?

男子代表が特定の愛称を持たないのに対して、女子代表では「なでしこジャパン」という愛称が定着している。

愛称制定というアイデア日本サッカー協会(JFA)の女性スタッフからの提案がきっかけである。それは「『日本代表』では男子のイメージが定着しているが、オーストラリア女子代表が「Matildas(マチルダス)」という愛称で親しまれており、日本でも同様に愛称をつけてみるのがいいと思う。そしてこれを契機に女子代表の認知度を高め、女子サッカーの発展につなげたい。」というものであった。

このころJFAでも「女子サッカーの発展なくして日本サッカーの発展なし」との考えによりキャプテン・ヘッドクオーターズ(CHQ)で「女子サッカーの活性化」に積極的に取り組んでいたのでこのアイデアを採用することにした。

やがてこのことがマスコミに伝わり、のちに公募により制定となった。そして2004年5月14日にJFAから愛称募集が発表されると、翌5月15日から締切日の6月20日までに約2,700通の応募があり、2回の予備選考を経て7月5日の審査委員会による最終選考で愛称を「なでしこジャパン」と決定し7月7日に発表した。[1]

審査委員長(以下肩書きは当時)
川淵三郎(財団法人日本サッカー協会キャプテン) 
審査委員
平田竹男(財団法人日本サッカー協会ジェネラルセクレタリー) 
大仁邦彌(財団法人日本サッカー協会女子委員長)
上田栄治日本女子代表監督)
澤 穂希(日テレ・ベレーザ
増島みどり(スポーツジャーナリスト)
この愛称は、アテネオリンピックのアジア予選として行われた「AFC女子サッカー予選大会2004」の際に「大和撫子」ということばがよく使われていたため、それをもとに「世界に羽ばたき、世界に通用するように」との願いを込めて「ジャパン」とした。

ちなみに次点(優秀賞)には、日本サッカー協会のシンボルである八咫烏(やたがらす、やたのからす)にちなんだ「ヤタガールズ」、ユニフォームの色(ブルー)とレディー(L)を組み合わせた「エルブルー」、ブルーと夢(ドリーム)を組み合わせた「ドリームブルー」があった。

愛称制定後、最初の試合となった7月30日のキリンチャレンジカップ・カナダ戦(国立霞ヶ丘競技場)では3-0で勝利し、全国にその名を印象づけた。

命名に際し、日本サッカー協会は「なでしこジャパン」を商標登録を申請し、2005年3月11日付けで登録された。また2004年新語・流行語大賞の候補60語にもノミネートされた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%93%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3

選考委員には女子サッカー代表監督(当時)の上田栄治氏と、当時も今も日本を代表する女子サッカー選手である澤穂希選手がちゃんと含まれています。

もちろん、選考の過程や選考委員内部でどのような話が行われたかは知る由もありませんので、ある種の恣意性が発揮された可能性を否定することはできません。商業的な要請もあったでしょう。しかし、この経緯を読んで『本当の理由は「女性はナデシコであるべき」という価値観の支配であり、それが日本代表にその名を与えたのではないでしょうか。』なんて皆さん思います?なんというか、トンデモ陰謀論な感じがするのは僕だけですか?

これ、その言葉の持つ静的な意味だけに注目し、時代や文化、使用される文脈などによって変化する動的な意味を完全に無視した、ダメな言説の典型例だと思うんですよね。


「なでしこ」だけでなく、何がしかの愛称を持つサッカーチームはクラブ・代表ともにたくさんあります。

例えばイタリア代表の愛称は「アズーリ(Azzurri)」。日本語で青(正確には空色)という意味で、代表のユニフォームが青いことからその愛称で呼ばれています。

んで、ユニフォームが青いのは、共和制を成立させる前の王家(サヴォイア家)の紋章が青い盾だったのでその色を踏襲したとか、それ以前の十字軍の鎧が青を基調としており、それを模してユニフォームをつくったとか諸説あります。

ただ、これらの起源と、今呼ばれている「アズーリ(Azzurri)」という愛称のイデオロギー的な繋がりは皆無と言っていいでしょう。もし、これらの起源から『本当の理由は「イタリアは封建制であるべき」という価値観の支配であり、それがイタリア代表にその名を与えたのではないでしょうか。』なんて言ったら笑われてしまいます。また、元々はただの色を表す言葉ですから、そこに過剰な意味はありません。

しかし、イタリア人が「アズーリ(Azzurri)」という愛称を口にするとき、そこには言葉にできないほどの深い深い感情と愛着が込められています。それは「アズーリ(Azzurri)」という言葉の意味に拠るものでも、上に挙げた起源に拠るものでもありません。

僕等が生まれる遥か前から重ねられてきた「アズーリ(Azzurri)」の勝利と敗北の歴史。独自のサッカー文化と哲学。熱狂の記憶。いささか暑苦しい物言いになりますが、そういったものをチームとサポーターが共有してきたからこそ「アズーリ(Azzurri)」という言葉は、その本来の意味も起源も越えた特別な意味を持つのです。要は一般名詞から固有名詞になってるわけですね。


「なでしこ」も同じです。多少なりとも女子サッカーを観ている人であれば、女子代表に付けられた「なでしこ」という愛称が、語源である『大和撫子:古来美徳とされた、清楚で凜とし、慎ましやかで、一歩引いて男性を立て、男性に尽くす甲斐甲斐しい女性像』という言葉本来の意味を踏襲するようなものでも、あるいはそれによって彼女達を縛り付けるようなものでもないことはお分かりかと思います。

ピッチ上を自由に走り回り溌剌とプレーする彼女達の姿と、それを称え愛着を持って彼女達を「なでしこ」と呼ぶサポーター達の姿を見ても、「なでしこジャパン」という愛称に『「ナデシコであるべきだ」という価値観の押しつけ』なんてものが込められてると、本気で思いますか?

僕は、今まさに彼女たちが「なでしこ」という入れ物に色々な意味を放り込んでいる最中なのだと思います。そういう意味において、僕は「なでしこジャパン」という愛称を否定する気は全くありませんし、変だとも思いません。もちろん、これを誰かに押し付けるつもりはありませんが。

ドイツ戦は残念ながら負けてしまいましたが、今回の五輪を通じて彼女達が見せたアグレッシブなサッカーは、「なでしこ」という言葉に新たな意味を書き込むとても素晴らしいものだったと思います。


言葉は単なる入れ物に過ぎません。使う人、対象、文化、歴史、文脈によって大きく変わります。

上のエントリでは、その言葉が選択された経緯を事実も、また、動的な意味や文脈、文化的背景、あるいは「実際にどのように使われているのか」という現場の視点も全く考慮されていません。

そのような部分を無視して、言葉の本来的な意味だけを抽出し恣意的なロジックに載せて叩くというのは、どのような意図があったとしてもやはり単なる「言葉狩り」としてしか機能しません。

そして、『イデオロジカルな押しつけ』をやっているのは元エントリも同じです。彼女達が実際にどう思っているのかを参照もせずに『出来れば部外者からではなく、選手自身からこの疑問を口にして欲しかったところではありますが。「私はナデシコじゃない!」とね。』なんて言ってるわけですから。現役代表選手も一緒に選んだ愛称なんですけどね。


もちろん、「なでしこジャパン」という愛称に疑問を呈するのは自由です。しかしそれと『「女性はナデシコであるべき」という価値観の支配』なんて根拠のないトンデモ説を主張するのは別の話です。

自分が違和感を感じる言葉や行動だからこそ、表層の意味に捕われず、その背景や文脈を注意深く観察し理解する必要があると思います。

その努力を放棄し、自分の抱える価値観でのみ物事を判断しようとするならば、それは『鯨を食べる日本人は野蛮だ』とか『犬を喜んで食べる中国人は残酷だ』という排他的言説の温床ともなります。

排他性は単純な悪意から生み出されるものではなく、自分とは違う文化や価値観に対する無知や無理解を背景にしているわけですからね。


[追記]
非国民通信-コメント欄

Unknown (tanaka) 2008-08-22 11:39:11

オシムジャパンとか星野ジャパンとかがマスコミ報道などで
自然発生的に使用されるようになった通称であるのに対し、
なでしこジャパン」は公募によってきまった正式な愛称です。

2004年に日本サッカー協会によって愛称募集が行われ、
約2700通の応募の中から選ばれました。

Unknown (宮嶋陽人)  2008-08-22 14:52:39

はじめまして。

監督名プラス、でないのはホッケーのさくらジャパンや新体操のフェアリージャパンもありますね、と宮地さんにコメントした上で。

なでしこジャパン」の愛称は公募の後選考委員会を開いて選ばれたもので、その選考委員には現役の澤穂希選手も含まれていました。
その際の経緯については、wikipediaサッカー日本女子代表の項目が詳しいです。
(その際の澤選手の声が示せればよいのですけれど)

あと、「サムライブルー」はドイツW杯本大会限定のCMコピーで、男子サッカー代表の愛称ではありません。

これに対して

Unknown (非国民通信管理人)  2008-08-22 23:14:04

>tanakaさん

 だったらどうだというのですか?

>宮嶋陽人さん

 だったらどうしたとしか言いようがないのですが、じゃぁ澤以外の選手はどうなんですかね。wikiなんぞ持ち出されても、自分の情報源がいかに乏しいかを宣伝しているような印象しかありません。ちなみに「愛称」というのは公式名称のことを指すものでもなければ、CMコピーとして使われたことがあれば愛称とは違う、なんてものでもありませんよ。

だって。

wikiに書いてあることすら参照できない自分の情報源の乏しさは棚に上げて、『自分の情報源がいかに乏しいかを宣伝しているような印象』ですかそうですか。

スポーツがナショナリズムの補強に利用されることは許さないけど、自分のイデオロギー(ジェンダーとかね)の補強に利用するのは構わない。その為なら事実関係やそのスポーツ独自の文化を捻じ曲げることも許されるのだ、と、そういうことですね。『非国民』って『無知を正当化する人』って意味だったんですねぇ。

客観的な事実を無視し、自分の妄想だけで論を進める事が容認されるなら、『女性は男性よりも劣る』とか『太平洋戦争は自衛のための戦争』とか『南京大虐殺はなかった』とか好き勝手言うことも許されます。

なんつーか『働き者のバカは・・・』って言葉が浮かびますね。いくら熱心にジェンダーとか差別とか平和とか語ったところでこれではどうにもなりません。

人間の知識には限界があるしうっかり事実誤認をしたまま論を進めてしまう事もあると思いますけど、自分の無知を正当化し他者に転化するような不誠実な態度は取りたくないですね。

つかファンはそろそろマジ切れしていい頃だと思うよ。『テメエの下らないイデオロギー論のために女子サッカーを利用すんな!』って。