ニック・オファーよりむしろ井上麻里奈の踊りの方がきつい

・ニック・オファーさんの踊りが正直きつい - おれはおまえのパパだった!

という記事があったかどうかは定かじゃないけれど、ぼくはこのニック・オファーのダンスは全然ひどいとは思わない。

!!! (Chk Chk Chk) - All My Heroes Are Weirdos - live Lollapalooza

むしろパッショナブルな素晴らしいダンスだ。振り付けも踊り子の良さをよく引き出している。ライブ全体の雰囲気は確かにオルタナだが、それもまたそこはかとない味となっている。


このダンスは本当に価値のあるものだ。よく見れば分かるんだけど、始まってすぐの、手を振り上げて降ろしてくる瞬間のところで、それまで無表情だったのが、股をパカッと開いて花が咲いたような体勢に変わっている。こういうのがセンスなんだよね。こういうのが見る者に力強く訴えかけるんだ。もちろんコレオグラファーの指導かも知れないけれど、これはやれと言われてそう簡単にできるものじゃない。これをできること自体、彼にセンスがあるという証拠だ。


それから、両手を閉じた時に少し閉じ、開いた時にまた股がパッと開く。この開く感覚は、動きとしては小さくて気付きにくいけれど、人の潜在意識に訴えかける作用がある。ダンスはどれだけ人の潜在意識に訴えかけられるかが勝負みたいなところもあるから、これができるということは、すなわちニック・オファーには素晴らしいダンスの才があるということだ。


あと、ステージの前方で股間に両手を当てて攻めの姿勢になるところも良いなあ。ダンスは(音楽もそうだけど)性行為ととてもよく似た訴え方を必要とする。この足の開き方、攻めの姿勢の取り方は、そういう性的なものを感じさせてとても良い。有り体に言うと男も女も誰それ構わず食っちまう感じが素晴らしいのだ。具体的なポイントとしては、開いた両足の、そのひざの折れ具合が良い。くり返し言うけど、これは言われたってできるものではない。


さらには、最後のポーズの腰の引き具合もすごく良い。ここでもそうだけど、ニック・オファーは「引き」が絶品なんだ。彼は引くことの意味をよく知っている。押して、引く――そのことの表現が、非常に情熱的でエモーショナルだ。


ぼくはもう確信したけど、ニック・オファーはダンスについてのものすごい才能がある。しかしそれは、一見してなかなか伝わらないものなんだね。

上に引いた記事を書いた人は、このダンスに微妙なこそばゆさというか、居心地の悪いものを感じてる。だけど、ぼくから言わせれば、それ自体がこのダンスの魅力を証明していることにもなると思うんだ。こそばゆく感じるのは、何かしらのインパクトを与えられている証拠だし、居心地の悪さを感じるのは、そこに抑えがたい情動を惹起させられているからなんだ。とても簡単に言うと、性欲を催させられてるってこと。その気にさせられてるんだ。

良いダンスっていうのはなんでもそうで、昔のプロディジーのキースの髪型もそうだし、もっと昔でいえばハッピー・マンデーズの「ベズ」もそうなんだけど、なんだかこそばゆい思いをさせられるんだ。最初はちょっと正視できないものがある。潜在意識に訴えかけられて、催眠術をかけられたようでなんだか気持ち悪い。でもそれが良いダンスである証拠なんだ。人の心の奥底に訴えかける、パッショナブルな素晴らしいダンスである証拠なんだ。

その意味で、上に引いた記事の人の受け取り方が間違ってるわけではない。むしろ正しい。今はあまりにも訴えかけられる力が強くて、逆に拒否反応を示しているに過ぎない。でもそれが過ぎれば、いつしかくせになってやめられなくなる。やがて大好きに変わる。愛して愛してやまなくなる。もう本当に、心から魅了されるようになる。ダンスへの好きになり方というのは、そういう初恋にも似たステップを踏むものなのだ。


それに比べると、多くの人が下手だと思ってる井上麻里奈のダンスの方が、やっぱりほとんど価値がない。

井上麻里奈『ビューティフル・ストーリー』
D

やってみると分かるけど、あれはパラパラなんかと一緒で、ちょっとの練習で誰でもできるようになるし、できたら誰でも上手く見えるように工夫された人工的な踊りなんだ。情熱とかパッションとか表現とか、そういうのをほとんど必要としない、とてもインスタントな代物に過ぎない・・・にもかかわらずそれすらできていない。

ダンスというのは、その手の誤解のあるところが面白い。ファッションや音楽と一緒で、みんなから大絶賛されるものの中に、非常に価値のあるものと全く価値のないものが混在している。あるいは、みんなから拒否反応を示されるものの中にこそ、えてして大きな価値を持ったものが隠れていたりする・・・が、ここに価値はあるのだろうか。


少し前に、井上麻里奈に関するこんな記事があったような気がしたけれど――

前略)特に女性のファンのみなさんは井上麻里奈を好きになって気が狂いそうになりませんか? 自分より若くて(もしくは、同じくらいの年か年上でも)、かわいくて、顔がエロくて(声も)、ものすごい踊りができて(後略)

・私は阿久女イクになりたい - 雨宮せつなの「お兄ちゃん!」

こういう人なんかは、例に引いて悪いけれども、ダンスを理解していない典型だ。井上麻里奈のダンスを見て「気が狂」う必要なんて全然ない。「踊りができて」なんて全然いないから。あんなのちょっとの練習で誰でも踊れるようになる・・・のに彼女にはできてないんだから。むしろ、気が狂うならニック・オファーに対しての方が良い。このダンスは、真似したくても絶対に真似できないものだから。


ネタ元:
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080907/1220720601



ま、こいつら全部足しても全盛期のカール・ハイドのパフォーマンスには到底適わないわけですが。

Underworld - Born Slippy (Nuxx) [Everything, Everything]

もう何千回見たかわからん。5分25秒付近の透きとおった笑顔が素敵過ぎる。×何個食えばあんな風になれるんだろうなぁ。