フットボールと反ユダヤ

今週、イギリスのスポーツメディアでは、ロンドンをホームタウンとするフットボールクラブ「トットナム・ホットスパー」(以下スパーズ)を巡る一連の騒動が話題となりました。

下記にその経緯をまとめてみます。

・11月21日深夜
ヨーロッパリーグの試合観戦のためローマを訪れていたスパーズのサポーターが、試合前日にローマ市内のパブで謎の覆面集団に襲撃され、7名が負傷、うち1名はナイフで刺され重症を負うという事件が発生。当初、対戦相手であるSSラツィオのサポーターによる犯行かと思われたが、拘束した犯人を調べた結果、同じローマをホームタウンとするASローマのウルトラス(熱狂的サポーター)の犯行であることが判明した。
ローマでトッテナムサポーターが襲われる、ラツィオのファンの犯行か 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
覆面集団がトッテナムサポーターを襲撃、真犯人はラツィオの宿敵ローマのウルトラスか | サッカーキング


・11月22日
前日の事件がありながらも試合は予定通り行われたが、その試合中にラツィオサポーターの一部から「ユダヤトットナム」など反ユダヤ的なチャントが浴びせられ、さらに「パレスチナを開放しろ!」という横断幕が掲げられた。
ラツィオ対トッテナムで人種差別行為 反ユダヤが狙い | Goal.com


・11月25日
プレミアリーグ第13節、スパーズ対ウェスト・ハムの試合中に、ウェスト・ハムのサポーターから「ガスの口真似」をはじめとする反ユダヤ的なチャントが浴びせられ、試合後に5名のサポーターが逮捕、うち1名をスタジアムへの立入禁止にするなど処分が行われた。なお、チャントの内容は下記のようなもの。


"Can we stab you every week"
※21日の事件と同じ事を毎週末できるという意味


"viva-Lazio"
ラツィオを称えるチャント。ラツィオムッソリーニのお気に入りクラブだったこともあり、サポーターに極右(というかネオナチ)が多く、ハーケンクロイツや人種差別的な段幕を掲げることが頻繁にある。


"there’s only one Paolo di Canio"
ディ・カーニオは“ラツィオの元ウルトラ”という出自を持つラツィアーレのアイドル的な選手で、またウェスト・ハムにも在籍していたことがある。現役時代には度々“ナチ式敬礼”をして問題となっていた(本人は「古代ローマ式」と説明)。


"Adolf Hitler's coming to get you"
※直接的すぎるので解説の必要なし。


ウェスト・ハム、トッテナム戦での人種差別行為でサポーターが逮捕 クラブは出入り禁止に | Goal.com
West Ham fans sick chants at White Hart Lane - including references to Hitler and stabbing of Spurs fan in Rome - Mirror Online

上にまとめた通り、スパーズの選手やフロント、そしてサポーターにとっては次々にトラブルに巻き込まれる悪夢のような一週間だったのではないでしょうか。

このようなトラブルが起こる背景には、スパーズのクラブとしてのイメージが深く関係しています。スパーズが本拠地とするホワイト・ハート・レーンは、ロンドンの中でも特にユダヤ人が多く住む地区に隣接しており、そのため、スパーズのサポーターは、相手サポーターから度々「Yido、Yiddo(イドー:ユダヤ人の蔑称)」と罵られていました。やがて、スパーズのサポーター達はそれに対抗するために自ら進んで「イドー」と名乗るようになり、ダビデの星をフラッグにするなど、ユダヤ的な意匠を好んで利用するようになっていきました。結果、“スパーズ=ユダヤのクラブ”というイメージが定着し、上記のように対戦相手から“反ユダヤ的表現”によって攻撃されるようになった、というわけです。

ユダヤのクラブ”というイメージを持つクラブは他にもいくつかあり、中でもオランダのアヤックスが有名です。アヤックスのサポーターは自分たちを「super joden」と呼びますが、これは“F-SIDE”というサポーターグループが、欧州カップ戦で対戦したスパーズのサポーターから影響を受けたことがきっかけだと言われています。なお、ライバルチームであるフェイエノールトと対戦する際には、下のような“反ユダヤ的チャント”が歌われることが通例です。

"HamasHamas!Joden aan het gas!"(ハマスハマス!ユダ公にガスを!)

先週の事件でもラツィオのサポーターが「パレスチナを開放しろ!」という横断幕を掲げていましたが、ここではイスラム過激派の「ハマス」が登場します。とはいえ、ラツィオのサポーターにしろフェイエノールトのサポーターにしろ本気で「パレスチナ解放」なんてことを求めているわけではなく、単に「敵の敵は味方」という形で「あいつらに痛い目を見せてやれ!」と言っているに過ぎません。

一方、“ユダヤ人”を名乗り、ユダヤの意匠を掲げるスパーズやアヤックスのサポーターにしても、その大半は非ユダヤ人であり、単に自分たちのアイデンティティの依り代として“ユダヤ”を利用しているいるに過ぎません。そのため、それぞれの国に住むユダヤ人の中には、反ユダヤ的なチャントよりも、彼らの“ユダヤを名乗る行為”の方こそ問題だとする人も少なくありません。実際、それぞれのクラブは、国内外のユダヤ系団体から何度も改善の要望を受けていますが、ファン・カルチャーを上から押さえつけることは難しく、特に有効な対策はとられていないのが現状です。

このように、一般的にタブーとされる“反ユダヤ”や“ホロコースト”に関しても、フットボール・カルチャーにおいては必ずしもその限りではありません。世界28都市のダービーマッチをまとめた『ダービー!!』(アンディ・ミッテン著)には、ハポエル・テル・アビブとマッカビ・テル・アビブテル・アビブ・ダービーにおいて、「奴らに、もう一度ホロコーストを!」というチャントが歌われたことが紹介されています。“民族の悲劇”であるはずのホロコーストですら、熱狂的なフットボール・ファンにとっては「相手をやり込めるための道具」になってしまうわけですね。

さて、上では一方的にやられているように見えるスパーズのサポーターですが、いつも黙ってやられるわけではありません。最後に、かつてスパーズのサポーターが行ったユーモラスな反撃を紹介してこのエントリのオチとしたいと思います。

1980年代に、マンチェスター・シティのサポーターが、スパーズのファンに対してこのようなチャントを歌った。


We'll be running around Tottenham with our pricks hanging out tonight,
(俺達は今夜、チンコ丸出しでトットナム中を走りまわる)

We'll be running around Tottenham with our pricks hanging out tonight,
(俺達は今夜、チンコ丸出しでトットナム中を走りまわる)

Singing I've got a foreskin, I've got a foreskin, I've got a foreskin and you ain't
(俺にはチンコの皮がある、俺にはチンコの皮がある、俺にはあるけどお前らにチンコの皮はない)

We've got foreskins, we've got foreskins, you ain't.”
(俺達にはチンコの皮がある、俺達にはチンコの皮がある、俺達にはあるけどお前らにはない)


スパーズのサポーター達は、ユダヤ人サポーターを何人か連れてくると、彼らのパンツを下ろし、シティのサポーターに向かってチンコを振らせることでそれに対抗した。

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