マイケル・ジャクソンをコケにした男
先週急去したマイケル・ジャクソンに関する色んなエントリや動画があがってるけど、僕にとって最も印象的な映像はこれなんですよね。
96年のBrit Awardsでの一コマ。ここでステージに乱入、“お尻ペンペン”をしてステージを走り回っているのはブリット・ポップ期を代表するバンド「PULP」のジャーヴィス・コッカー。
本人は「周囲に対し神様みたいな振る舞いをする彼が許せなかった。」と言ってますが、実際にどういうつもりだったかは別にして、自意識を極限まで肥大化させたかのようなマイケル・ジャクソンのパフォーマンスに正面から冷や水をぶっ掛けることになった彼の行為は、単なる“お騒がせ”を超えたある種の批評性を持つものだと思います。というか、ポップ・カルチャーにおけるパラダイム・シフトを象徴する瞬間だとすら思うんですよね。
日本においても、割合において、この時代ほど洋楽が売れた時代はなかった。それは、MTVが果たした役割が大きい。だが、90年代以降、再び洋楽の地位はまた下がっていく。ひとつにはJポップの台頭があった。そして、それだけではなく、90年代以降のアメリカの音楽産業は、80年代のように全世界に向けたユニバーサルな音楽よりも、狭い範囲に向けた商品を指向するようになった。これは、マーケティング手法の変化や政治状況と結びついているのだろう。
ブリット・ポップとは、MTV以降、グローバル化が進んだポップ・カルチャーにおけるナショナリスティックな表現運動であったと同時に、その表現主体を肥大化したメディアの“イメージ”から実際に生きる“人間”へと回帰させる復興運動でもありました。だからこそアーティストの出自が問われる。有名なoasisとblurの対立というのは、よく言われているように労働者階級(ラッディズム)と中産階級(ニヒリズム)の代理戦争だったわけですが、そのど真ん中をぶち抜き「中産階級のニヒリズムに乗せて労働者階級のラッディズムを歌う」という形で“ブリット・ポップの本質”を最も的確に言語化して見せたのがジャーヴィス・コッカー率いるPULPだったわけです。
そんな彼が、「MTVの申し子」であり「アメリカPOP帝国の象徴」でもあったマイケル・ジャクソンの、まるで宗教儀式かのように演出されたステージ(虚構)に自らを“異物”として紛れ込ませることでそれを“コケにした”のは、ある意味当然の行為だったのかもしれません。
Pulp - Common People
PULPの最大のヒット曲であり、ブリット・ポップを代表する曲。労働者階級の日常を知らず、動物園のサルを眺めるように彼らを見る富裕層への皮肉が込められたこの曲は元々ジャーヴィスが大学在学中に出会ったギリシャからの留学生とのやりとりを基に書かれたものですが、上の流れを踏まえるとまるでマイケル・ジャクソンへの強烈な皮肉を歌っているかのようにも思えてきますね。特にこのライン。
You'll never live like common people,
You'll never do what common people do,
You'll never fail like common people,
You'll never watch your life slide out of view,
And dance and drink and screw,
Because there's nothing else to do.
君は絶対に普通の人のようには暮らせない
君は絶対に普通の人がすることは出来ないし
君は絶対に普通の人がするような失敗もできない
君は自分の暮らしが悪くなるのを見ていられない
ただダンスをしてお酒を飲んでセックスをするだけ
だって他にやることが無いんだから
※歌詞の全訳はここを参照。
セックスはともかく酒とは無縁だったようですが。
マイケル・ジャクソンの死に際しては「世界中で愛され〜」という形容が広くなされています。実際彼ほど多くの人から愛された存在はいないと思いますし、またそれに足る素晴らしい作品を多数残しています。しかしその一方で相応の憎悪の対象となったのもまた事実でしょう。そういった側面もまた彼の“ポップ・アイコン”としての偉大さを示す証左であるように思います。
ちなみに件の行為によりジャーヴィスは警察からの取調べを受け、またマイケルのファンからは罵声を浴びせられますが、同時に多くのアーティストから擁護や賞賛も受けることとなります。oasisのノエル・ギャラガーなどは「彼に叙勲すべきだ。」とまで言ってますね。この一件から彼(ジャーヴィス)を好きになったという英国人も結構いるそうです。
Pulp - Common People live at Glastonbury (1995)
95年のグラストンベリーでのライブ。この年のハイライトのひとつ。8万人の大合唱。